C. H. ハスキンズ『大学の起源』

C. H. ハスキンズ『大学の起源』(青木靖三/三浦常司訳、八坂書房、2009年)

大学は、司教座聖堂や議会と同様に、中世の産物である。(中略)われわれは、アテネやアレクサンドリア[古代の学問の中心地]のではなく、パリとボローニャ[大学発祥の地]の相続人であり後継者である。(p.17)

今回取り上げるのは、C. H. ハスキンズ『大学の起源』という本です。

著者のチャールズ・ホーマー・ハスキンズ[Charles Homer Haskins]は、20世紀前半に活躍したアメリカ出身の中世史家。世界史を学んだ方なら一度は聞いたことのある、あの「12世紀ルネサンス」という言葉の生みの親です。20歳までに博士号を取得した(!?)という経歴はさることながら、その卓越した言語能力や広範な知識によって、ヨーロッパ中世後期の思想や学問、制度、科学の研究を牽引しました。

そのようなハスキンズは、本書にて「大学」というものの起源を探り、初期の「大学」における教育内容や諸制度、教師&学生の生活内容などを、様々な原典資料を駆使しながら実証的に明らかにしています。

ここでは、個人的に最も興味深いと感じたところを3点紹介します。

まず、「大学」という語源に関する話です。大学は元来、ラテン語でuniversitasと呼ばれていました。今日、大学のことを英語でuniversity、フランス語でuniversité、などと言いますが、これらはこのラテン語に由来します。こうした言葉を見るにつけ、私たちは「大学」が「宇宙[univers]」や「学問の普遍性[universality]」という言葉と密接に繋がっていると考えがちです(私も思っていました)。ところが、ハスキンズによると、これは誤りであると言います。というのも、大学とは単に、「学生ならびに教師のグループ全体を表すだけの言葉」であったからです。中世のヨーロッパでは、ギルドと呼ばれる同業者組合(相互扶助の団体)が多数存在しており、営業権を独占したり、自らが所属する団体の権利を主張したりしていました。ハスキンズは、学生や教師もこのギルドを念頭に置きながら、「大学」という言葉のもと団結し、町の人々に対する防御手段、とりわけ金銭的な圧力に対抗するために組織化されたと説明しています。つまり歴史的に見ると、大学とは「組合」ともいえるものだったのです。

2つ目は、学生の手紙です。先ほど述べたように、本書では数多くの中世のテキストが紹介されているのですが、個人的には学生の手紙に親しみを感じました。というのも、その手紙の内容は、町の物価の高さを嘆き、金銭的な援助を自らの後援者にお願いするものだからです。ハスキンズは、中世の学生の手紙における大部分は金銭への要求だとさえ言います。学生の時に、メールや電話で親族や友人にお金が欲しいとお願いしたことは誰しもがあるかと思いますが、それは中世の学生から変わらない光景なのだなとしみじみと感じました。

3つ目は、今日にまで残る大学の伝統に関してです。中世から今日に至るまで、物質的なものは大きく変化しました。建物や大学服はその最たる例で、中世的な要素は失われています。一方で制度的なものは、中世の大学の伝統が今なお受け継がれています。具体的には、勉学のカリキュラムのあり方や、学士・修士・博士のような学位、学部という枠組みなどが挙げられます。さらには、教師と学士の組織体としての「大学」という名前そのものも中世の名残です。ハスキンズが指摘しているように、まさに、大学組織としての本質的な諸要素は、伝統として連綿と伝えられ続いているのです。

こうしてみると、中世ヨーロッパの「大学」と今日の大学は、全くの別物というものではなく、連続として捉えることができます。

実際、ハスキンズは以下のように述べます。

中世ははるかに遠く過ぎ去り、ある意味ではわれわれからは古典的古代よりも遠く離れている。(中略)われわれは人間の発達における基本的な要素というのものは、時代から時代へほとんど同じままであり、人間の本性と物理的環境が以前のままに続くならば、そのままであるに違いないということをたえず思い起こす必要がある。(p.148)

今日、大学というものに対してその存在意義が問われるようになってきています。大学とは何か、大学で学ぶ意味は何か、大学の社会的な役割とは何か…。中世に生まれた大学は、社会との関係性の中で構築されてきたものです。本質的な部分で中世の伝統を受け継いでいる今日の大学について、その起源にまでさかのぼってみることは、上記のような問いを考える上で非常に重要なのではないでしょうか。

ヨーロッパ中世史や社会史に興味がある方はもちろん、大学という学問機関そのものに関心がある方にもぜひ手に取っていただきたい1冊です。

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